東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2186号 判決 1982年4月28日
控訴人兼附帯被控訴人(以下単に「控訴人」という。)
藤木良平
右訴訟代理人
丸山正次
同
福島武
被控訴人兼附帯控訴人(以下単に「被控訴人」という。)
楠本祐二
右法定代理人親権者母
楠本峯子
被控訴人兼附帯控訴人(以下単に「被控訴人」という。)
楠本峯子
右両名訴訟代理人
小川栄吉
同
井上正治
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
① 控訴人は被控訴人楠本祐二に対し金一七一二万八五六三円及び内金九二五万六九三五円に対する昭和五〇年四月三〇日から、内金一〇〇万円に対する昭和五二年一月二〇日から、内金七五万円に対する昭和五四年一月九日から、内金五八一万一一〇一円に対する昭和五四年一二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
② 控訴人は被控訴人楠本峯子に対し金一六七二万八五六三円及び内金八八五万六九三五円に対する昭和五〇年四月三〇日から内金一〇〇万円に対する昭和五二年一月二〇日から内金七五万円に対する昭和五四年一月九日から内金五八一万一一〇一円に対する昭和五四年一二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
③ 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
三 被控訴人らの当審新請求に基づき控訴人は被控訴人らのおのおのに対し金一三四万五五八五円ならびに内金五四万五五八五円に対する昭和五〇年二月一五日から内金八〇万円に対する昭和五五年一二月四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員及び被控訴人祐二に対し金一五二万四七一〇円、被控訴人峯子に対し金一五二万二六二八円を支払え。
四 被控訴人らのその余の当審請求を棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを十分しその一を被控訴人両名の、その余を控訴人の各負担とする。
六 この判決中二の①、②のうち原判決認容額を超える部分及び三は仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一原判決理由中に示された認定、判断(ただし六の項を除く。)は、その一部を次のとおり改めるほかは、当裁判所の認定・判断も同一であるから、これを引用する。
1 原判決二一枚目裏二行目と三行目との間に次のとおり加入する。
「なお、本件点滴に用いたフルクトンの分量及び点滴の速度については大いに問題のあるところであり、控訴人は原審本人尋問に際し、患者の年令等を考え、往診に出かける前に薬屋から購入した五〇〇ccの輸液壜から二〇〇ccを抜きとつて三〇〇ccとし、これを摂氏三〇度前後に暖めたうえで患者方に持参し、患者方でこれにコカルボキシラーゼを混ぜて点滴に供し、速度は一分間五〇滴前後であつた旨述べ、清水証言、乙第一号証もそれぞれ一部分これに一致する。しかし、被控訴人峯子の前出供述中には、点滴に用いた輸液壜は全量であつて一部分ではなかつた旨の部分があつて、右ときびしく対立している。そこで更に考えてみるのに、清水証言はコカルボキシラーゼを患者方で混ぜたのは無駄にならないためであると証言し、その意味は、もしさきに混ぜてしまうと、患者を診察した結果、点滴が不要ということになれば、既に混ぜ合わせたフルクトンとコカルボキシラーゼが無駄になるということであると解され、点滴の実施自体が患者を直接診察したうえでなければ決定しがたいことはまさにそのとおりであるから、フルクトンの二〇〇cc抜き取りも、患者を診察し、点滴実施が確定してからにするのが一番無駄の少い自然なやり方であると考えられる。また控訴人供述は、フルクトン二〇〇cc抜き取りは、注射器を用いて二回に亘つて抜き取つたというのであるが、これも患者方で輸液用ホースを開放状態にして抜き取る方法に比べ、迂遠かつ汚染危険度の高い方法であることは明らかである。これらの点を斟酌するならば、右清水証言、控訴人本人の右供述、乙第一号証もすべてにわかに措信しがたく、むしろこれに反する被控訴人峯子の供述の方が信用性があり、本件点滴に用いられたフルクトンの量は五〇〇ccであつたと認めるべきである。また点滴の開始、終了の時刻は前認定のとおりであるから、点滴時間はおよそ七五分間であり、液量は五〇〇ccであるから一分あたり約6.66cc、一ccあたり一六滴とすれば一分間約一〇六滴、一ccあたり二〇滴とすれば同じく約一三三滴となる。従つて、本件点滴は控訴人が主張しているよりもかなり早い速度で始められたか、さもなければ何らかの事情で途中から点滴速度が変化し早くなつたものと認められる。」
2 原判決二一枚目裏四行目冒頭から同二五枚目表九行目までを次のとおり改める。
「いずれも原本の存在及びその成立に争いのない甲第四号証、第六号証によると、医学界においては、点滴(輸液療法)は、大量の水分を血管内に投与する療法であるから、どのような輸液剤を用いるとしても、患者に心不全や肺水腫を起させる危険が内在するものであり、特に小児は、体液調節機構の幅が成人の場合よりも狭いので、水分電解質の異常喪失によつてすぐに重篤な症状におちいることがあり、従つて医師あるいは看護婦は点滴を行うに際しては、一定時間ごとに患者の状態を観察し、異常がないか、輸液の方法に誤りがないかなどに気を配り、状態によつて必要であればいつでも輸液計画を変更することのできる体勢になければならないとされていることが認められる。
点滴の右医療水準と原審鑑定結果及び当審証人中西通泰の証言を斟酌すると、小児の域を出た未成年の患者の場合においても、医師が点滴を患家で行うことは医療設備及び監視体勢の両面から難点があるから、原則として避けるべきであるが、やむを得ずこれを行う場合には、施術にあたる医師は起り得る副作用の危険を避けるため注射の量、温度、速度を観察し、注射中重篤な副作用の前兆であるかも知れない患者の身体の微妙な変化をチェックするため、輸液完了までこれに立会い、又は看護婦などこれに準じた医学的知識を有する者をしてこれに立会わしめる義務があるものと解するのが相当である。ところで、幹大は当時満一四歳であつたから小児とはいえないにしても、成人にはなお数年を要する少年であり、輸液の注入には小児に準じた扱いを要し、患家における点滴の実施には右注意義務が要求されることも当然であるといわなければならない。
しかるに、控訴人は、すでに説示のとおり、被控訴人ら方において幹大に点滴を開始して間もなく、点滴中の幹大の症状の観察及び点滴方法の適否に対する監視を挙げて同人の母である被控訴人峯子(原審における同被控訴人本人尋問の結果によれば、同被控訴人が看護婦に準ずる医学的知識を有する者でなかつたことは明らかである。)に委ねて、清水看護婦とともに帰院したものであるから、医師としての前記の注意義務を尽さなかつた過失があるものといわなければならない。
控訴人は、右監視義務に反して帰院した理由として、(一)点滴実施中の容態急変は考えられなかつたこと、(二)急変した場合でも、被控訴人ら方とは近距離であつて、直ちに往診できること、(三)当日控訴人の医院に重症患者が入院していたこと等を挙げて、過失のないことを強調するが、右(一)の理由のないことは既に述べたところから明らかであり、右(二)については容態急変をただちに認識しうる方法を講じていてはじめていえることであるが、その方法を講じていなかつたこと前認定のとおりであり、右(三)については、少くとも看護婦を患家に残さなかつたことを正当化する理由とはなしがたく、いずれの主張も採用できない。」
3 同二六枚目裏四行目から二七枚目表八行目までを削り、そのかわりに次のとおり加入する。
「そして本件において点滴に用いられたフルクトン及びコカルボキシラーゼについて重篤な副作用の考えられないことは中西鑑定によつてこれを認めうるところであるが、如何なる輸液剤を用いるとしても点滴という治療方法自体に危険の内在することは前に認定したとおりであるから、結局幹大の容態急変は、右の点滴の危険が顕在化したものと考えざるをえないところ、少くとも点滴実施中控訴人又は看護婦が被控訴人ら方に居残つて、幹大の症状及び点滴方法の適否を監視し、何らかの異状発見に対応できる体勢をとつていたならば、あるいは途中で点滴速度を変えるなどにより容態急変を未然に防止し、あるいは実際に起つた午後四時ころの容態急変についても直ちにこれを発見して適切な応急措置をとりえたであろうことは、否定することができないし、これによつて幹大の死を避止しえたことも容易に推認することができる。
そうすると、前項において判示した控訴人の過失と幹大の死亡との間には、いわゆる相当因果関係があるものといわなければならない。
なお、控訴人が本件点滴を行つたことは、中西鑑定によれば必ずしも幹大の治療上必要な方法ではなかつたことが認められるのであるが、点滴に危険が内在するといつても、前後の観察を含め適切な方法を用いる限り、その危険を最少限度に抑えうることはもちろんであるから、仮りに幹大に対する治療の方法として点滴を選択したこと自体を控訴人の過失と評価するとしても、右過失と幹大の死との間に相当因果関係を認める訳にはいかないのである。」
4 同二七枚目表九行目の次に行をかえて次のとおり加える。
「控訴人は、仮に控訴人又は看護婦が点滴終了まで居残つたとしても、幹大の容態急変は点滴終了後の午後五時ころであり、従つて控訴人又は看護婦は容態急変時には患者に立会つていなかつたことになるから、本件事故の発生と控訴人の過失との間に因果関係がない旨主張するが、前認定の事実関係と前出鑑定及び証人尋問の各結果を総合すると、幹大の容態急変は午後四時ころ起つたものと認められ、医師又は看護婦ならばこれに気づいたであろうことが推認せられるので、右主張は採用できない。」
5 同一一行目冒頭から同裏八行目末尾までを次のとおり改める。
「幹大は、死亡当時満一四歳の健康な男子であり、本件医療事故により死亡しなければ一八歳から六七歳までの四九年間就労が可能であり、その間平均して少くとも昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表の新高卒男子労働者の平均賃金である年収三〇六万七六〇〇円の収入を得ることができたことは当裁判所に顕著な事実である。そして、右収入金額から生活費として五割を差引き、これに年五分の中間利息の控除をライプニッツ式計算方法(係数14.948)により算定すると、幹大の死亡当時の逸失利益は二二九二万七二四二円となる。
6 同二八枚目表七行目「その費用として」の次に「昭和五〇年三月二二日までに」を加入する。
7 同二八枚目裏冒頭に「成立に争いない甲第二五、第二六号証、同第三三ないし第三五号証、原審における被控訴人峯子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人らが弁護士小川栄吉、同井上正治に対し、被控訴人ら主張のとおり弁護士報酬を支払つたことが認められるところ、」と加入し、同四行目の末尾に次を加える。
「被控訴人らは右第一審の弁護士費用のほか、当審においても小川・井上両弁護土に本件を委任したことは本件訴訟の経過に照して明らかであり、被控訴人らがその主張のとおり第二審の報酬を支払つたことは控訴人の明らかに争わないところで、本件事案の難度・認容額等に照らすと、当審における弁護士費用として被控訴人らについて各八〇万円が幹大の死亡と相当因果関係のある損害と認める。以上合計金四六〇万円(被控訴人一名につき金二三〇万円)を超えて支出された弁護士費用は、第一、二審いずれに関しても、本件事故と相当因果関係のあるものとはいえない。」<以下、省略>
(石川義夫 寺澤光子 原島克巳)